院長コラム vol.19 ●プロビジョナルレストレーションの効用

2023.07.01

 『プロビジョナルレストレーション』という言葉をご存知だろうか。治療用の仮歯なのであるがテンポラリーレストレーションとは区別が有るようだ。後者は最終補綴物(冠せ物)をセットするまでの仮歯という意味しか持たないが、前者はもっと積極的な、治療に用いて噛み合わせを是正したり、歯周病を改善する際に使用される仮歯である。

治療の際に仮歯を作る意味とは、まず審美的な体裁を調えることが上げられる。特に前歯が欠けたままでは不都合である。次に咬合の回復がある。一歯欠損ならさほど影響は無いが、複数歯に亘るブリッジの歯を治療する場合など、そのままでは奥歯で物が噛めなくなる。従ってブリッジの仮歯を作り噛めるようにする。それは歯牙の保護に繋がる。破折を防ぎ、歯の移動を留めるからである。また神経を抜かずに、麻酔下で歯を削ることもあるから、仮歯は歯髄保護にもなる。次に歯周病に罹患している歯には清掃しやすい仮歯を作り、改善を図ることが有る。ただし清掃の主体は患者さんであるので、余り積極的で無い場合は仮歯を外し、磨いて貰うこともある。この辺の話はテンポラリーレストレーションの範疇になろうか。

ではプロビジョナルレストレーションとはどのようなものをいうのであろうか。患者さんの口腔内を診て全体的に治療が必要な場合がままある。複数歯に治療が施されてはいるが、歯ぎしりや摩耗の状態に合わせた冠せ物になっていて、噛み合わせが低位、つまり噛み込みが深い場合がそうである。また先天的に歯並びが乱れている場合も同様である。まず咬合平面を考えて、上顎か下顎に基準を取る。どちらも駄目な場合は手直しが早い方を決め、治療をするか、仮歯で仮想咬合平面を作り、それに合わせて、反対側の咬合を挙げていく。もちろん最初は、両側の奥歯の噛み合わせを挙げることから始め、その際に古い冠せ物を外しプラスチックで仮歯を作り、調整していくのである。噛み合わせが落ち着いてきたら、個々の歯牙の治療に入り、咬合平面を保った状態で最終補綴物を入れる。または歯肉の状態が悪い場合は、仮歯の状態で磨いて貰い、改善を図る。

 義歯の場合も同様で、治療用の義歯を作り、咬合平面を決め、それに合わせる形で反対側の歯牙の噛み合わせを決めていく。そして最終補綴物で揃えたら、今度はそれに合わせて義歯を作るのである。

先程から咬合平面という概念を頻出させているが、何故それが必要かを説明したい。そもそも歯並びが綺麗に揃っている人は稀で、大抵は歯列に乱れが有る。物を噛むということは上下動のみならず、側方にも下顎は動くものである。従って乱れは側方の動きをロックして、上手く噛み砕けなくなる原因となる。上下の咬合平面を水平に保ち、それぞれの咬頭(山)と小窩、裂溝(谷)を上下でしっかり噛み合わせ、また側方の動きをスムーズにすることで、快適な咀嚼が成立するのである。そのためには一本の歯牙のみを治すに止まらないが、なかなか理解が得られないところでもある。治療される際に、私の咬合平面はどうなっていますか、と聴いてみるのも、術者の力量を計るには良い設問かもしれない。


いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄