院長コラム vol.18 ●インプラント治療のフロンティア

2023.07.11

 毎月購読している歯科専門誌にはインプラントの記事が載らない号が無いほど、今や様々な角度からの特集が編まれるようになってきている。インプラント治療に於ける禁忌とは、歯槽膿漏や糖尿病の傾向のある患者、腔口内のケアが出来ない患者等であったが、治療のフロンティアは拡がっているようである。

 まず共通理解としてインプラント治療は咬合を回復させるものではあるが、顎骨に異物である金属を埋め込み、それを歯肉の上まで立ち上げる構造を持つことから、骨や歯肉に対する炎症が絶えず存在する病態であり、例えばインプラント歯周炎という病名があることからも、そのその治療の難しさが伺われる。

 しかし最近の需要の高まりは著しいものがある。それは高齢者が以前より健康で、より幅広い行動範囲を持つことから、食事も健常者と同様の快適さを求めるようになったことが上げられる。当然、義歯を使用しての食事とインプラントで歯列を揃えたときのそれとでは噛み心地には天地程の差が有ろう。しかし高齢者が歯牙を失う過程にはそれなりの理由が存在し、勿論それはインプラント治療を困難にさせる理由にもなってはいる。しかし患者サイドの要望を叶えるため、既にその禁忌の領域に踏み込んでいるのが実情である。

 もうひとつの需要の高まりは術者サイドのものである。近年の歯科医の増加が個々の生活を圧迫し、先細りの様相を呈している。しかしこのインプラント治療は一筋の光明になっている。それは一本の歯を保存させてセラミックの冠せ物を入れるより四、五倍のチャージが取れるからである。材料代、技工代にも差はあるが利幅は大きい。従って少ない患者を補う方法として、魅力的な治療選択になっている。

 大半の歯牙がしっかりしていての一歯欠損ならインプラントも選択しやすいであろうが、例えば歯槽膿漏などの他の疾患を抱えた場合、欠損部位にインプラントを入れて歯列を揃えても、数年の短期間に他の歯牙が失われ、インプラントの部位のみが残る場合も珍しくはない。もしその結果が予測出来るのであればインプラントを入れるとしても、時期や本数を調整して全体に統一のとれた治療が可能であろう。

またインプラントを入れる前に口腔内の細菌検査を行い、抗菌剤を使用しながら歯周病細菌の除菌を行わなければならない。また多原性疾患である重度の歯周病に対しては喫煙、糖尿病等の環境要因を改善させなければならない。そのうえでインプラントを入れた後にきちんとメンテナンスを行わなければならない。医院サイドとしては定期的なリコールであり、患者サイドとしては確実なブラッシングの励行であろう。このように複数の要件を満たして初めてインプラントを長持ちさせる前提が成立する。

 術者サイドの問題はもっと複雑である。顎骨の形状、密度を考慮に入れなくてはならないし、それは二次元のレントゲン画像では限界がある。また顎骨の幅、厚さを考慮すると以前歯のあった位置に入れられるとは限らない。そのうえ噛み合わせの方向まで考えると、インプラント体の延長方向に上部構造(いわゆる歯の部分)が来るとは限らず、歯ぎしり等で側方の圧力まで考えると難易度はさらに増す。このような治療法であることを双方とも理解し、安易な選択に走らないようにしたいものである。

いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄