院長コラム vol.17 ●商品説明の陥穽(かんせい)

2023.06.20

 先日行きつけのバーで飲んでいると、そこの店主が客に向かって話しているのが、耳に入った。「ですから毎度言いますよ。何が好きで何が嫌いなのかを聞かないと、お勧めはこれだと言えませんでしょう。そのうえでボトルを並べて、値段はボトルの裏にラベルで貼ってありますし、細かく商品の説明をと云われれば、遣ります。出来るだけ安く、良い物を提供したいので、仕入れた時の値段を元にしていますから、かなりお得な物も有ります。」ウィスキーのシングルモルトの説明をしている最中であった。「甘い、辛い、硬い、軟らかい、言って貰ってその上でお出ししますから、後はそこを基準にして、前にも後ろにも行って下さい。(年代順に)並べるのが好きですから、余り(蒸留所の)小さい所は遣りませんが、並べてそのどの辺りからと言って頂ければ、解りやすいと思います」。何度も聴いた科白(せりふ)ではあるが本当に理に適った言い回しであり、相手の理解を促すには解りやすいなと、毎回思わせてくれる。尤も客の方は余りに整然とした商品説明に些かたじろいで、それほどでも無かった様ではあるが。このやり取りを聴いていて、自分の身に置き換えてみた。治療の多様性の前に、患者の症状の多様性があり、それで治療の選択は大体決まってしまう。有り体にいえば、抜くか、残すか、残すなら神経を取るか、取らずに削るかである。個々の治療の後に、何を詰めるか、冠せるか、他の装置にするかに多様性が出てくる。ここで気をつけなければいけないのは、治療の選択は任意では無いということである。歯を抜く場合、動揺度が左右、前後、上下にあり咬合に耐えないか、根の治療後、コアを入れられない程、歯冠が崩壊している場合に限られるし、神経を抜く場合も露髄(神経が出ている)か虫歯の部分を削ってセメントで覆罩(覆うこと)しても疼痛が治まらない場合に限られるのである。術者側はその程度を明示しなければならないが、必ずしもそうで無い場合も見受けられる。そのようなときには、治療を中断してもらい、他院にセカンドオピニオンを求めるのが賢明であろう。これもたびたび述べていることではあるが、インプラント治療の普及に伴い、歯牙の保存が軽視される症例を見掛けることが多くなって来ている。歯科医院のジレンマは治療と営業が不可分であり、そこに高額治療を勧める契機がある。そこでまさに根気強い根の治療や、動揺のある歯槽膿漏の歯牙のメンテナンスよりも、抜歯して何倍ものチャージの取れるインプラントを勧めたい気持ちは分かる。しかし診断は金銭の高とは関係が無いし、いやしくも保険医の看板を掲げている以上正しい診断は至極当たり前のことであるが、他院から来られた患者さんの大半には、保存出来る歯牙をインプラントに置き換えるよう勧められた経緯があった。個々の信用の失墜がひいては業界全体の信用低下に繋がることを強く意識したいものである。

治療後の補綴物(詰め物、冠せ物)にはまず保険適用の物と保険外の物とがある。ひとくちに保険適用と言ってもパラジウムの含有比率に規定はあるものの、利鞘稼ぎの粗悪な金属を使う所もある。保険適用の場合もどのような金属を使っているのか、聞いてみてもいいかもしれない。12%のパラジウムの金属を使っていると言われたなら大丈夫なのだが。保険外は金額と商品の関係を説明してもらい、高額の場合は即決せずに、帰ってネットで他院を検索して比較するのも良いであろう。自信のある医院は丁寧な説明は厭わないものである。

いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄