院長コラム vol.16 ●作為ある診断

2023.06.18

 先日紹介で、このような患者さんが来られた。上顎左側の奥四本が、持たないとかで抜かれたままになり、右側は四番目の第一小臼歯が治療中、五番目と七番目が治療予定で歯が崩壊したまま、六番目は欠損であった。患者さんが、このままでは、物が噛めないのでせめて右側に仮歯を作って欲しいと言うと、治療予定の歯が持つかどうか分からないので、仮歯は作れない。また左側も右側が噛めてからしか治療できないと言われ、更に治療中の四番目の歯は前の治療の薬がなかなか取れないので、抜く可能性もあり、インプラントも考えてもらいたいと言われたとのことだった。右側の歯を診てみると、確かに歯冠崩壊はあるものの、根の状態はしっかりしていて、持たないという根拠は無かった。まず両側の奥が噛めないまま放って置かれているので右側の五番目と七番目を使い、ブリッジの仮歯を作り(20分程で)四番目の歯も見映えを考え仮歯を作った後で根の治療を始めた。そこで分かったことは、数ヶ月に及んだ治療は何だったのかということだった。根管の中を拡大した形跡も無く、もちろん根の先までは開けていない。患者さんは疼痛を訴えていたが、ただ薬を取り替えただけで、予後が悪く抜歯した方がいいと結論付け、相手の出方を待っていたとしか考えられなかった。そしてお決まりのインプラントの治療のお勧めである。いつも思うのであるが、ルーチンの根の治療の出来ない歯医者が、もっと危険性の高い治療を何故こなせると考えるのかが分からない。確かにこまめに根の治療をして、その歯に自費の冠せ物を入れるより、抜いてインプラントを入れたほうが四、五倍のチャージになる。時間も短縮出来る。しかし虚偽の診断までして経済原則を優先させることは、歯科医師免許にもとる行為ではないだろうか。件の歯医者も、仮歯が作れれば歯がしっかりしていることがわかり、根の治療で疼痛が無くなれば保存せざるを得なくなって、インプラントの可能性は消える。しかしその結論を出させずに、数ヶ月も不必要に患者に苦痛を与えていられる神経は、驚きに値いするであろう。確かにその患者さんは痛みに弱く、根の先迄開けるのは一苦労ではあった。

通常、根の先が活きている場合、周りは顎骨(歯槽骨)で覆われているのだから、疼痛や打診痛は無いものであるが、(途中迄は神経が抜かれているから)何故か不調を訴え、神経を全て除去すると痛みは嘘の様に消えた。ただしそれまでに小臼歯一本に五時間程掛けているので、果たして他のクリニックでここまで、辛抱強く治療をするかは、分からない。それは余りに時間単価が安いからである。

患者サイドからいえば、分からないことは物怖じせずに、聴いた方がいいし、歯医者の側も自信が無かったり、虚偽の弁などは、整合性が無くなるので、見分け安くなるのである。それと不信感を持ちながら通うよりは、セカンドオピニオンを他院に求めた方が賢明であろう。前述の患者さんについていえば、不定愁訴の徴候があり、一度に数個所の不調を訴え、(その前に長い間他院に通っていたにも関わらず)過敏症もあって、治療のペースも非常に遅くなったことも考え合わせると、バランスの取れた治療は、まず相互のコミュニケーションから、との想いを強くせざるを得ないのである。

いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄