院長コラム vol.14 ●口臭雑感

2023.05.20

 先日、京浜東北線に乗り、空いている席に座ったところ、大袈裟なようだが異臭に気が付いた。原因は隣の初老のカップルの、男性の口臭であった。こちらを向いている訳でもないのだが、時折前方を向くだけでも臭うのである。そこで考えたのは、面と向かって話されている相手の女性は感じないのだろうか、夫婦だとしたら、永年連れ添ってその臭いに慣れたのだろうか、ということであった。また以前、少し通ったバーの三十代のバーテンダーが、一メートル以上離れたカウンター越しに話をして来たときに、同様に口臭が感ぜられたことがあった。自分では気づかないが、かなり強烈なインパクトではあった。日頃、患者さんと接していて、口臭を感じることも多いし、臭いのヴァリエーションで原因が何かということも、悲しいかな、判ることが多い。前述の二人は間違いなく歯槽膿漏である。それも、喫煙の習慣と長時間の口渇(口の中が渇いていること)に因り、その程度を増していた。

 口臭の原因は口腔内とは限らない。内蔵由来のものもある。良くあるのが、食生活やストレスが齎(もたら)す胃炎からの口臭である。口腔内も、虫歯の軟化象牙質由来や、根管処置の予後不良、義歯の清掃不良のものもあるが、これは原因を取り除くことはたやすい。最も難しいのは、件の歯槽膿漏である。炎症の箇所は歯肉ではない。ここが大事な所で誤解をしている患者さんも多い。場所は歯と歯肉の間の溝(歯周ポケット)である。

まず治療としては、歯やポケットに付着した歯石を除去しなければならない。これは歯磨きでは取れないので、歯科医院に行って、スケーリング(歯石除去)が必要である。次に歯周ポケットをスケーリング、ルートプレーニング(歯肉縁下の掃除)をしてもらう。この段階でポケットの深い場所を教えて貰い、歯磨きの際に意識することが大事である。またポケットが深く、腫れている場合は、抗生剤を処方することも多いし、一回の治療では終わらないことも多い。スケーリングが終わっても口腔内は飲食や喫煙ですぐに汚染されてしまう。歯槽膿漏は細菌との闘いである。口腔内をある一定時間以上、汚くしていると状態は改善されない。朝は時間が無いと言い、昼は磨く習慣が無くて、夜も二、三分という患者さんも多いが、一般的に四十代後半から、状態の悪化が加速しているように見受けられる。飲食をする度に、歯磨きをするのが理想であるが、出来ないという患者さんには、食べたら、またはトイレに行ったら、口を漱(すす)いでくださいと、いうことにしている。歯間に残った食べ滓(かす)も大体は取れるし、食後の口腔内のペーハー(酸性度)も低くなるからである。禁忌は爪楊枝の使用。歯肉の退縮(やせること)を招き、ポケットを深くするからである。ポケットで繁殖している細菌は嫌気性菌(空気の無い所を好む菌)だから、磨きが甘く、食べ滓でガードされているポケットは言うこと無しの環境のはずである。そして歯肉をごしごし磨いても、ポケットの深部には到達せず、磨いた、磨けていないの押し問答が繰り返される結果となる。では歯磨きの方法は、というとこれが難しい。次回のテーマに回したい。


いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄