院長コラム vol.13 ●インフレの中で

2023.05.11

 口腔内の微小な修復に終始しているからといって、口の外の世界に影響を受けないわけではないし、当然、無関心でいられるわけでもない。歯医者、歯科業界を取り巻く状況の変化が激しくなってきている。まずは材料代。金属価格は、開業した13年前から右肩上がりになっている。主に使用するレアメタルとしては金、白金、パラジウムであるが、生産国ロシアの意図的な生産調整のため最近特に上がり方が激しい。大臼歯を全部被覆冠(クラウン)で作ると、金や白金の場合はおよそ4~5グラムかかる。そうすると、現在、グラムあたり4千円弱するので、金属代だけでも1万5千円~2万円かかることになる。それに自費の技工料が加算されて2万千円~3万円のチャージとなる。以前は金属代がおよそ半額だったのでクラウンは4万円で提供できたが、今は6~7万円でも利益率は悪いことになる。従ってメタルボンド(いわゆるセラミックの歯)はそれほど金属が使われないため技工料が高いとしても、総額は逆転してきていることも多い。実際、歯槽膿漏気味で歯冠長が長かったり、歯間が開いていたりする場合、オール金属では出来ないこともある。それに呼応するかのようにオールセラミックのメタルボンドやジルコニアの支台歯などの非レアメタルの商品も頻度が高くなってきている。

 バブル崩壊後、デフレ気味だったせいもあるが、平均的にメタルボンドの価格は10万円前後であった。むしろ安値シフトの傾向すらあったが、ここにきて混沌としてきている。というのは、技工士が一人で経営しているラボが圧倒的に多いのである。そのため経営効率を上げられず価格競争は不得手である。その点、複数の技工士がいるラボは分業が可能で効率が良い分、個々の技工物に対する責任が希薄になる傾向もあり、嫌う歯科医も多い。また、それほど低価格で競争しようとは考えていないようである。結果、技工料にそれほどの差はつかないできていた。しかしここに至って市価の半額以下の技工料で遣るラボが出始めて来ている。それは中国のラボである。相対的に安価な人件費を背景にし、大人数の技工士を抱えて、徹底的な安値攻勢をかけてきている。日本人の技工士が指導に当たっていて、商品の水準を維持しているとか、指示通りの金属を使っているとかを謳ってはいるが、確かめようは無い。割高な自費の技工のみならず、保険の技工物まで手がけだしており、技工士達の危機感は高いが行政は手付かずのままである。それに連れて国内の多少大きめのラボでは似たような価格破壊の動きが出始めてきている。歯科医の側から見ると、保守的な体質の性か、採用している医院は少数である。しかしメタルボンドの出来が、5千円と1万円とでさほどの差が有るわけでもない。寧ろ後発の、廉価なラボの方がフットワークもよく再製にも気軽に受け付けているのを見ると、自費の商品を他院より安く提供し、患者サイドの広範な満足を勝ち得ることのほうが理にかなっていると思うのは私だけだろうか。

いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄