院長コラムvol.23 ●義歯考

2024.02.27

 先日八十過ぎの女性に上下の義歯を作った。来院時の主訴は右下の三番(糸切り歯)の疼痛である。この歯は感染根管治療の適応症例で根管を開けると夥しい排膿が見られた。疼痛はすぐに緩解したがそれからが大変であった。左側の三番も同様の症状だったので、どちらも根管の治療をして、根管充填をして金属コアを入れ,形成印象して被せ物を入れた。そして義歯を作ることとなった。下顎は前歯部六本があるので両側遊離端の義歯になる。あらかじめ両側の三番の被せ物にはカウンター(豊隆)をつけて義歯のクラスプ(フック)が掛けやすいように作らせておいた。また上顎は右上七番(最後臼歯)しかないので、上下同時に義歯を作ることとなった。そして印象、咬合採得、試適と進み、義歯の完成を見たのであるが、ここから難問が待ち構えていた。従来使っている義歯は保険のそれであり、舌で取り外せるほど緩いものであり、口の中で泳いでいた。今回作ったのは上下とも強固で安定しており、もちろん舌で外せる類いではなかった。ところが彼女はその義歯を使いたがらなかったのである。まず以前より大きいと言われた。義歯の大きさは、安定と吸着を図る意味で、ある一定の広さが必要である。以前の義歯は小さすぎたため吸着がなく、泳いでいたのである。しかし患者さんは以前のほうが使いやすいと訴えた。またクラスプがきつく取りづらいとも言われた。そのほうがしっかり嚙むことができるにもかかわらずである。こちらとしては粘膜の当たるところは調整し、上下の嚙み合わせもスムーズにしたのだが、彼女がその義歯を使っているかは疑わしいのである。こちらからみれば理想的な義歯でも、患者側からみれば以前の義歯との比較でクレームがつくのである。それが咀嚼できづらいものでもである。彼女の言うとおりに義歯の床を小さくしたらどうなるか。咬合圧が小さな面積にかかり、痛みを訴えると予想できる。
 使い心地の良い義歯とは、必ずしも通法にのっとらなくても、少し緩くても、小さくても、あまり噛めなくても、口の中で落ち着いている義歯なのかもしれない。


いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄