最前列で映写幕を 第二幕「たかが世界の終わり」(監督グザヴィエ・ドラン)2

2023.10.10

◆ルイとは?

その後シュザンヌが自分の部屋にルイを誘う。そこでルイが家族の皆の誕生日に必ず絵葉書を送っていたことが知らされる。絵葉書は手にした誰もが読むことが出来る。長き不在を償うかのような絵葉書には個々に対する秘密めいたものはなかったのだ。云ってみれば形式立った思い出作りだったのだろう。

母親の呼ぶ声で二人はキッチンに行く。そこで彼女は「恒例だった日曜のドライブ」の話を蒸し返すのだった。その記憶の中ではルイは父ではなく、アントワーヌに肩車され、野原を進んでいた。ルイが家を出る前、二人の関係は密接であったことが類推できよう。そしてワインの性だろうか、ルイが洗面所で嘔吐した後、恋人らしき相手と連絡を取り、まだ話していないと告げる場面がある。

その後洗面所からの出会いがしらにカトリーヌと遭遇する。ルイは思わず

「兄が嫌なことを言ってすみません。貴女が僕を嫌いになるように仕向けている」

と言ってしまう。カトリーヌはしっかりとそれに答える。

「貴方の話は殆どしないし、彼は自分や家族に対して、貴方が興味を持っていないと思っています。貴方は彼がどんな仕事をしているか知っていますか。工具を作る工場で働いているのです」

そこでルイは、自分の来た理由を話しかけるが、カトリーヌに、自分はそれを聞く立場に無いと遮られてしまう。そしてルイはまともな受け答えも出来ず、微笑んでいるだけだった。

 この辺りまで観てきて面白いことに気付かされる。会話のみで進んでいく物語に対して、

殆どをルイは自分の右手を窓にしている。室内は昼間なので暗くても明かりを点けていない。従ってルイは顔の右半面は明るく映されるが左半面は陰になり余りよく判らない。それでは対峙している相手も同じように左半面のみが映されているのかと言えば、そうではないのである。多少の陰影の差はあったとしても、左右の表情は読み取れるのである。これはドランの描きたかったルイの二重性ではないだろうか。

 彼は十二年の空白を越えて、自分の死を知らせるため家族の元に赴いたのである。しかしその空白は永過ぎて家族の者たちは、新聞や雑誌でしか知らされていないルイの実像に近づけない。その上それぞれがその屈折した思いの丈をルイにぶつける。そのためルイは本音が話しづらくなるのである。そして彼らとの会話から、実はルイが家族に対して大した興味を持ち合わせていないことが、理解されてくる。ルイは二度ほど本音を言おうとするが、家族の誰かに話題を変えられてしまう。これもドランの描写の巧さなのであるが、恐らく家族の何人かは、ルイが話すことは、自分たちを苦痛に陥れると肌で感じているのだ。ルイも進んで話したいわけではないから、友誼の微笑みと二、三言の会話で紛らわす結果になっている。この曖昧な態度を彼の顔の陰影で表したのである。



いがらしデンタルクリニック | 新橋 歯科
院長 五十嵐淳雄