いがらしデンタルクリニック

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最前列で映写幕エクラン

第二幕「たかが世界の終わり」監督グザヴィエ・ドラン


◆家を出る前の記憶 

 ルイが以前住んでいた家を見たいと言ったときに、アントワーヌはまともに取り合おうとはせず、茶化して、ルイの気持ちを殺いでしまう。シュザンヌに物置にルイの残したものがあると告げられ、行くのだが、そこに使われなくなったベッドのマットレスが立て掛けてあった。指で埃を払うと、少し埃が舞う。外のどこかで音がしたのだろう。窓から窺うと隣家の少女がトランポリンをしていた。そして半回転した長い髪の彼女と顏を見合わせてしまう。そっと窓から離れ、再びマットレスに凭れかかると、画面は九十度回転して、ルイはベッドに横たわっているのだった。そして目の前には先程の少女かと見間違えそうな美しい長髪の青年が服を脱いで、ルイと抱き合うのだった。ルイの部屋は半地下のようでもあり、当時の幾つかの逢瀬のシーンが現れ最後に、彼は入った時のように窓から出て、中指を立てて笑いながら去って行く。BGMの歌詞から二人の仲は、ルイが家を出る前のテンポラリーでしかないことが告げられる。このさり気ないシークエンスもドランの描写力を表してはいないだろうか。ベッドだけではだめなのである。ベッドと長い髪とが過去の恋人との場面を想起させるのである。それはあたかもプルーストの「失われた時を求めて」の中で主人公が紅茶に浸ったプチ・マドレーヌの味覚をきっかけとして幼年時代を鮮やかに思い出すのと似ていよう。まさにフランス的な「意識の流れ」を踏襲していると考えられるのである。
 映画の終わりの方でルイの恋人だった彼が癌で亡くなったことが、アントワーヌから告げられる。恐らくルイと同年齢と思われるので、34歳で亡くなったことになるが、さすがに癌でないことは推測できよう。この作品が執筆された頃の1990年、HIVは感染してから、十年で死を迎える不治の病であった。原作者のジャン=リュック・ラガルスも1995年にHIVで38歳の生涯を閉じている。同性愛者、麻薬中毒者に急速に拡がった疾病である。但し映画は現代に置き換えているので、延命措置も取られつつあるHIVに対しては聊か違和感のあるところであろう。但しこの恋人の話は原作にはない。

◆母との会話 

 その後母親がルイを離れに呼ぶ。彼女があれやこれや尋ねても、二三言しか返事をしない。現在住んでいる処すら明かさない。彼女は呆れるが、最後にこう言う。
「愛されなかったのではなく、理解されなかっただけ。それでも愛していたわ。この言葉は使っていいわよ」
これは家族の共通の感情であろう。彼女はルイに再び会うことはないと直感するのである。そしてルイはその感情に拘泥していない。

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