いがらしデンタルクリニック

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最前列で映写幕エクラン

第一幕「わたしはロランス」監督グザヴィエ・ドラン


◆前置きとプロローグの伏線について 

 まったく知らない若手の監督作品を紹介されたとき、誰でも多少訝り(いぶかり)ながらそのDVDを手に取るかどうか考えるものだろう。僕も似たような感情を持ったものだが、紹介者が無類の映画好きの女優澁谷麻美さんだったので言うことを聞こうと思った。
 既に彼女はグザヴィエ・ドラン作品を総て観ていて、一押しが「わたしはロランス」であったのだ。2012年、監督23歳のときの第3作品である。

 まず出だしが面白い。街中の普通の人々のアップが続く。彼らはほとんど演技なしで、その容姿だけで何かを言っているようにも思える。このようなシーンは以前にもあった。それはパウロ・パゾリーニの「奇跡の丘」である。この正面からのアップを次々に繰り出されたとき、ボッシュやブリューゲルに出て来そうな絵画的な顔もあるものだと感心させられたのだが、おしなべて彼らはアンチキリストの無知な衆生、または入信前の人々であり、そのカテゴライズが無言の演技だったのだ。パゾリーニは映画の撮り方が分からないまま始めたので、この技法を編み出したといわれている。では「わたし…」では何を見ていたのか。次のシーンで大柄な女がタイトなスーツを着て大股に歩いていくシーンがある。髪をなびかせてはいるが顔は見えそうで見えない。少し観察力があればわかるのだが、これが導入部であり、何かが起こりそうな予感で終わる。

 場面が変わり、上半身裸の男が考え深げにキッチンでこぼしかけた炭酸水(物事はいつも上手くいかないと言っているような)を飲みながら煙草を吸っている。その傍らに月めくりのカレンダーが見え、1989年11月であることが分かる。その月にベルリンの壁が崩壊したのだ。体制、思想から解き放たれたと感じたヨーロッパ人は多かったであろう。しかしその男は喧噪を余所に考えに耽っているのである。グザヴィエ・ドランは特典映像のなかでこの解放された時期を意図的に選んだと言い、最後の砦がトランスセクシュアリティでありこれはまだ理解される時期ではなかったと述べている。 この二つの描き方だけを見ても、グザヴィエ・ドランを若々しい描写力を持った監督とは言えない。彼は映画の文法を熟知している。むしろ手練れといっても過言ではない。そしてこれらは伏線である。もう少し先を観てこれらの場面を思い出すことが出来れば、それがなかなか抑えた表現になっており気付きにくいだが、「ロランスが女になりたがっている」ことの、前者は他者にとっては違和感、不快感であり、後者は自己にとっては余りにプライベートな心境であることが理解されるのである。

◆セリーヌの変容 

  ロランスがカミングアウトする前に、彼は国語の教師であり文学史の授業の一コマがある。ここもその巧さに唖然としたのだが、こういう科白がある。 「プルーストはソドムの行為を示すのに300ページも費やしてくどすぎる。戦時中に対独協力者の文学者達は、後に批難を浴びることになるが、セリーヌはデンマークに亡命し、さわやかな空気を楽しんだ。彼は卑怯者と呼ばれたが、作品の評価は非常に高い。作品が偉大であるがゆえに、追放を逃れ、さらに後の人々に影響を与える。そのような文学が存在するだろうか。それが次の小論文のテーマだ」 と言ってウィンクするのである。これはまさにロランスの自己表明に他ならない。
彼は性同一障害を認識し、やっとの思いで女装して登校する。その結果学校をクビになり、文筆業に向かわざるを得なくなる。結果、恋人のフレッドも離れて行き、数年後一冊の詩集を出版する。それをフレッドに送ることで、一旦はよりが戻るが再び別れがあり、最後にロランスの小説の映画化らしき撮影現場で再会するのである。それは彼が作家として成功を遂げたことを暗示している。この梗概を先取りする形で前述の科白があるのである。またセリーヌを引き合いに出すところも心憎い。勿論ロランスの口で語られたセリーヌはデフォルメされており、実際とは違う。1944年デンマークに亡命するが、翌年コペンハーゲンで拘禁され、5年後対独協力の罪で有罪判決を受ける。翌51年第一次大戦の軍功が認められ特赦を受ける。しかし特赦後の作品は黙殺される。ただ亡命時の作品は評価され、57年に文壇に返り咲くが、61年脳卒中で死去する。また過激な反ユダヤ主義の論調から評価が分かれることになっている作家でもある。 グザヴィエ・ドランは、映画の手法は今までに遣り尽くされているから、それを学びさえすれば良いのだと言っている。前述のデフォルメも事実を曲げても、ロランスのたどる人生に沿わせる手法であり、ルキノ・ヴィスコンティなどはこの手法を好んだ。例えば「ベニスに死す」では主人公を作家ではなく音楽家に変え、そこに原作にないシーンを入れたりする。同じトマス・マンの後の作品「ファウストゥス博士」の主人公の音楽家をだぶらせるためなのだ。そしてその主人公にとって鍵となる女性エスメラルダの名前を映画の冒頭の貨物船の船腹に入れる手の込みようなのである。思いつきや勢いではなく、注意深く細かく練り上げた作品のみに通底する手法ではないだろうか。

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